
「感情は身体の動きである」
この言葉は、身体心理療法家アレクサンダー・ローエンの有名な一文です。
私たちはふだん、
感情を「心の中に生まれるもの」
「考え方や解釈の問題」
だと思っています。
しかし本当にそうでしょうか。
怒りで身体が熱くなり、
悲しみで胸が沈み、
喜びで身体が自然に弾む。
感情は、最初から身体で起きている。
ローエンは、臨床の現場からそう見抜いていました。
■ emotion という言葉が示していること
「エモーション(emotion)」の語源は、
e(外へ)+ motion(動き)。
つまり感情とは、
内側から外へ向かう動きそのものです。
感情は頭の中の出来事ではなく、
身体に起きる運動現象だということが、
言葉そのものに刻まれているのです。
■ 「身体が先」という古くて新しい視点
この視点を、はじめて明確に言語化したのは
心理学者ウィリアム・ジェームズだと思います。
彼は、有名な逆転の言葉を残しています。
「私たちは悲しいから泣くのではない。
泣くから悲しいのだ。」
出来事 → 感情 → 身体反応
ではなく、
出来事 → 身体反応 → 感情の認識
ジェームズはすでに、
身体が先、感情は後
という構造を見抜いていたのです。
■ 受動意識仮説が示すもの
この「後づけで感じている」という見方は、
近年の意識研究でも、より明確になってきています。
前野隆司さんは
これを「受動意識仮説」として提示しています。
その核心はシンプル。
私たちは「意識で選んでいる」「意識で感じている」と思っているが、
実際には無意識や身体が先に反応しているのです。
意識はそのあとで、
「自分はこう感じた」「こう思った」と
物語を作っているにすぎない。
意識は能動的な司令塔ではなく、
あとから意味づけをする観測者に近い存在だということです。
■ 感情は「起きてから」分かる
怒りを例にしてみると。
呼吸が浅くなる。
顎や肩に力が入る。
手を握る。
体重が前にかかる。
これらが先に起きます。
そしてそのあとで、
私たちは「私は怒っている」と言葉を貼っているのです。
悲しみも、喜びも、不安も同じ。
感情とは、
身体にすでに起きた変化を、
意識があとから認識した名前にすぎないのです。
■ 感情が分からない人に起きていること
「何を感じているのか分からない」
「感情が湧いてこない」
それは感情が無いのではないのです。
多くの場合、
呼吸が止まりやすく、
身体感覚を無意識に遮断し、
動きの衝動を抑え込んでいます。
つまり、
身体の動きが意識に届いていないだけなのです。
セラピーで「それを身体のどこで感じていますか?」としきりに聴くのはこれが理由です。
ローエンが言った「筋肉の鎧」とは、
まさに、この身体の動きを止める仕組みです。
■ 治るとは、感じられるようになること
ローエンは治癒を、
「症状が消えること」ではなく、
「より深く感じられるようになること」
と定義しました。
呼吸が自然に出入りし、
緊張と弛緩が行き来し、
感情が身体を通って流れていく。
それは、
動ける身体に戻ること。
受動意識仮説の言葉で言えば、
身体から上がってくる信号を、
もう一度、意識が受け取れるようになることです。
■ 考える前に、身体に戻る
感情がつらいとき、
私たちはすぐ意味を探そうとします。
最近ではAIに尋ねて”ある種の答え”のような安心を探す方も多いです。
なぜこう感じるのか。
どう考えれば楽になるのか。
しかし必要なのは答えではなく、
足の裏に体重を乗せること。
息をゆっくり吐くこと。
胸や腹の感覚に戻ること。
感情は、
理解される前に、
すでに身体で動いているのです。
ゆっくりと意識を身体に戻すことです。
■ まとめ
感情は心の中の出来事ではない。
身体の変化が先に起きている。
意識は、それをあとから感情として認識する。
感情とは、
身体が先に動き、
そのあとで意識に立ち上がる感覚なのです。
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