〜ゲシュタルト療法と身体心理療法の視点から〜
「家に帰ると、何も感じない。
でも仕事中や行動している時は、“自分”でいられる気がする。」
カウンセリングの現場で聞くことが多い内容です。
ただ疲れているだけ。と思うかもしれませんが、
この言葉の裏には、深い“分断”と“緊張”がひそんでいるのです。
■ 「いま・ここ」の不在
ゲシュタルト療法では、「いま・ここ」での気づき(awareness)を大切にします。
ところが、仕事中だけ「自分でいられる」状態は、
それ以外の時間、たとえば休息中や家庭内では、
「いま・ここ」に生きていないということの裏返しかもしれません。
思考が活性化し、空想の世界に入り込むと、過去や未来、他人へ意識が向き続け、不安を増幅させ続けてしまいます。
「役割の中でしか存在できない自分」
「考えの中に入り込み、いま・ここに居れない自分」
これは、ペルソナ(仮面)に飲み込まれた状態とも言えるでしょう。
■ 緊張していないと「感じられない」
身体心理療法では、体の状態と心の状態は機能的に同一のものと考えます。
仕事中は交感神経が活性化し、筋肉が緊張し、呼吸は浅く速くなりがちです。
この「緊張した身体状態」こそが、
ある種の“存在感”をもたらしてくれることがあるのです。
逆に、リラックスした状態になると、
「自分が空っぽになる」ように感じることさえあります。
これは、慢性的な緊張によって、
“リラックスした自己”に慣れていない状態と言えます。
人生は過酷です。感じる事を忘れ、様々な役割をこなしていくと、ある種の「正しい自分像」が生まれ、体の緊張として慢性化してしまうのです。
■ 「自分を感じる」とはどういうことか?
あなたが「行動しているときだけ自分を感じられる」なら、それは「緊張して役割に集中しているとき」にのみ、
「存在を実感できている」ということです。
しかし、本来の“存在”とは、
呼吸し、立ち、座り、ただ「ここにいる」ことでも感じられるものなのです。
ゲシュタルト療法でも、身体心理療法的でも、
その“ただここにいる”ことへの気づきを回復していくプロセスが、自己統合への入り口となります。
■ 回復への入り口:まずは「立ってみる」
たとえば、身体心理療法のグラウンディングのポーズ。
裸足で立ち、膝を軽く曲げて、体の内側に意識を向けるだけで、「緊張しない自分」にも「自分の重み=存在感」があることに気づくでしょう。
ただ”いる”静けさの中に、ほんとうの“自分”の声があるのです。
■ まとめ
「何かをこなしているときだけ自分を感じる」というのは、
“自分の存在”を緊張と役割で維持してきた証です。
しかし、自分という存在は
行動の舞台を降りたあとにも、
より強く本来の存在として、ここに“いる”のです。
そして、その気づきは、からだから始まるのです。
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