
私はセラピストとして日々、人の心に寄り添っています。
しかし、どれだけ経験を重ねても、自分自身の心の反応から完全に自由になることはありません。だからこそ、定期的にセラピーを受け、自分をクリアな状態に保つことを欠かしません。
そうすることで、クライアントの感情と自分の感情が混ざり合うことなく、落ち着いてその人の物語に向き合うことができます。
それでも、日常の中でふっと感情が急に動く瞬間があります。
たとえば、こんな場面です。
- ・急にクライアントのキャンセルが入り、予定が崩れたとき
- ・誰かに無視されたように感じたとき
- ・大切にしていた物が壊れたとき
- ・パートナーが不安そうな表情を見せたとき
- ・子供が無邪気にふるまったとき
- ・他人が急に距離を詰めてきたとき
これらは一見バラバラな出来事ですが、私の内側では共通の反応を引き起こします。
怒りや悲しみ、不安や苛立ちが一気に立ち上がり、「なぜこんなに反応しているのだろう」と自分でも驚くほどです。
■ 過去の「未完了」と抑圧

こうした強い反応は、今起きている出来事そのものよりも、過去に感じきれなかった感情=未完了の感情に触れたときに起こります。
幼い頃、言いたいことを我慢したり、怒りや悲しみを見せてはいけないと学んだりすると、その感情は途中で止まり、体と心の奥に残ります。
日本の文化では「感情は押し殺すことが美徳」とされがちで、こうした抑圧はさらに強化されます。
私自身も、親との関係で感情をストレートに出す代わりに、話題をそらす、相手の言葉をそのまま受け入れる(鵜呑みにする)といった回避パターンを覚えてきました。
その結果、似たような出来事に出会うと、今よりも昔の感覚の方が大きく反応してしまうのです。
■ 投影同一視というからくり

そこに加わるのが、精神分析でいう投影同一視です。
これは、自分の中にある受け入れがたい感情を相手に押し付け、相手がその感情を実際に抱くようにしてしまうプロセスです。
例えば、過去に「自分は軽んじられる存在だ」という感覚を抱えていると、クライアントの急なキャンセルを「やっぱり自分は大事にされない」と解釈します。
他人が急に近づいてくると、「境界を侵害された」という昔の感覚が甦ります。
すると、その感覚をもとに反応し、相手の態度も変わり、結果的に「やっぱりそうだ」と確信する心理ゲームにはまっていく――こうした自己強化のループが起こるのです。
■ 身体の中で起きていること

身体心理療法では、感情の動きはまず体の変化として現れると考えます。
- ・怒り → 肩や顎の強張り、足裏の硬直、拳に力が入る
- ・悲しみ → 胸の締まり、背中の丸まり、喉の詰まり
- ・不安や恐れ → 呼吸が止まる、腹部の固まり、首や背中の反射的な緊張
これは、脳が「これは過去と同じ危機だ」と勘違いし、防御モード(戦う/逃げる/固まる)に入るためです。
つまり、体の反応は今よりも過去の影響を色濃く映しているのです。
■ 自動思考の連鎖

体が反応すると、すぐに自動思考が走ります。
「やっぱり軽んじられた」「また同じことになる」などの考えが、感情をさらに強くします。
この思考が行動に直結し、怒りをぶつけたり、距離を取ったりといった反応につながります。
私は、この連鎖を断つために自分にこう問いかけます。
「この考えは、どうやって始まったのか?」
この問いで、感情と距離ができ、呼吸も少しずつ戻ってきます。
思考に飲み込まれるのではなく、観察する側に立ち直る瞬間です。
■ 座禅で作る「間」

この気づきを支えてくれる習慣が、私にとっては座禅です。
毎朝と夜、短い時間でも座禅を組みます。
- 朝の座禅は、一日の始まりに心と体を整えるため
- 夜の座禅は、一日の中で溜まった感情や思考を手放すため
座禅中は、浮かんでくる思考や感情を追わず、押し返さず、ただ観ます。
これは日常で自動思考に気づきやすくなる訓練であり、身体心理療法でいう今ここへのグラウンディングにも直結します。
■ 感情に飲まれそうなときのステップ


