前回はポリヴェーガル理論についてお話しました。
読んでくださった方からメッセージも頂き、とても嬉しかったです。ありがとうございます。
本来であれば今回は「理論がどのように実践に繋がっていくのか」を書きたいところなのですが、
その前にどうしても触れておきたい大事なポイントがあります。
最近は、さまざまな理論が広まり、脳科学や神経系についての情報も簡単に手に入るようになりました。
にもかかわらず「トラウマは減っていない」むしろ、苦しんでいる人は増えているようにさえ感じます。
これは臨床に関わっている人なら、誰もが一度は感じたことのある疑問ではないでしょうか。
「症状が解明されればされるほど、病名が増え、そして“病気の人”も増えていく」。
ポリヴェーガル理論について調べれば、とても丁寧な解説やある程度の改善方法も出てきます。
しかし、それらの多くは〈認知レベルにおける気づき〉にとどまっています。
もちろん、理解を深めることはとても大切です。
ただし、その先は実践と体験しかありません。
何かを「知った」だけで、症状が良くなるわけではありません。
“詳しく説明できるようになった”というだけです。
―ここが非常に大事なポイントです。
■ ひとつの事例
(保護のため少し創作を含みます)
あるセラピーの場に来られた方は、脳神経について非常に詳しく、自分の前頭葉の活動に問題があることを論理的に説明されました。
ストレスホルモンが内臓に及ぼす影響、薬物療法の限界などについてもよく理解されており、私が何か解説する必要もないほどでした。
しかし実際にセラピーが始まると、身体感覚に意識を向けた途端に呼吸は浅くなり、身体は強い緊張を見せ、心のテーマに触れた瞬間に意識が遠のいていくのです。
ものすごい速さで背側迷走神経系の反応に入っていってしまいます。
ところが、脳神経の話になるとふっと意識が明確になり、説明が始まり、また調子が戻る…ということの繰り返しになりました。
結果として、「身体を感じる準備が整うまで」かなり時間をかけてカウンセリングを行うことになりましたが、徐々に身体のワークを導入し、半年ほどでセラピーを必要としない状態にまで回復しました。
この事例のポイントは
「自分の不調をよく理解していたにもかかわらず、その理解そのものが“本当の問題を避ける手段”になっていた」
という点にあります。
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■ 同じ傾向を持つ方たち
・子育て本を読み続けている方
・症状のエビデンスを収集し続ける方
・心理の講座を受け続けている方
・資格を取り続けている方
これらはすべて実際の臨床の中で出会った方たちです。
共通していたのは、
「話は元気に出来るけれど、感覚に触れた瞬間に背側モードに入ってしまう」という傾向でした。
当然、カウンセリングには多くの時間が必要でした。
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■ 知っていることと生きていること
このように
「自分について詳しいこと」と
「自分が心地よく生きていること」は全く別のものなのです。
むしろ最近は、知識を入れすぎたことで
心身に悪影響が出ているケースが増えていると感じます。
見たことも体験したこともないまま情報が膨らみすぎると、身体と思考がバラバラになっていくからです。
何かを知ったのであれば、
同時に“体験すること”を忘れないこと。
腑に落ちるのは、「知った時」ではなく「体験が伴った時」です。
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前置きが少し長くなりましたが、
次回こそは実際のワークの内容を書いていこうと思います。
楽しみにしていてください。

