癒しとは癒しの場を求めなくなること 

2024.12.13

■ 癒しが溢れる時代

現代は本当に多くの「癒し」の場が溢れかえっています。
仕事や人間関係に疲れた人の“駆け込み寺”のように、気軽に利用できる癒しが社会全体に広がってきました。

最近流行しているサウナも、その一つと言えるでしょう。
身体心理の立場から見ると、サウナの癒しは興味深い現象です。
交感神経を急激に高めた後、副交感神経へと移行していく過程に人は強い心地よさを感じます。
ある種のストレスを自らに与え、限界まで緊張を高め続け、
「もう無理だ」という抵抗が崩れた時に、“穏やかな自分”が一時的にあらわれるのです。

我慢の多いビジネスパーソンに人気が出るのも納得できます。


■ なぜ何度通っても繰り返されるのか

しかし、これだけ癒しの場が増えても
「癒された」「もう大丈夫」とはなりません。

本当に癒されているのであれば、
そもそもサウナに通う必要はなくなっていくはずです。

繰り返される理由はとてもシンプルです。
“心(感情)を無視しているから” です。

無視された感情は当然納得できません。
やがてまた同じストレスとなって再現されます。

これはサプリメントや健康食品と同じ構造です。
飲んでいる間は効果があるように感じても、「根本」はそのまま残っています。


■ 無視された心とは何か

無視されているのは「怒り」「悲しみ」「絶望感」のような感情です。
それらは長い時間をかけて、感じることすら怖くなってしまった感情 です。

まるで氷で覆われた“消えることのない炎”のように、
いつも心の奥で静かに燃え続けています。

一時的な癒しを求めれば求めるほど
その炎に触れないまま「氷」だけが分厚くなっていきます。


■ 炎はやがて暴発する

炎を覆っている氷が薄くなれば、炎は外に出ようとします。

この時に「ついにキレた」という形で表面化します。
キレた人は現実に「切っていきます」。
会社、人間関係、家族など――
自分が苦しかった場所を情動的に断ち切っていくのです。

ある意味では “解放” でもありますが、
同時に コントロールを失った暴走 でもあります。
大切なものまで失ってしまうことが多いのはそのためです。


■ 本当の癒しとは

だからこそ、炎が内側にあるうちに
自分の意志で丁寧に引き出すこと が必要になります。

意志を伴った感情表現が起こると、
癒しの場を過度に求める必要がなくなっていきます。

癒された「状態」ではなく、
癒された “自分” がただそこに在る ようになります。


■ 最後に

癒しとは、
癒しの場や癒しの行為に囚われなくなること。
言い換えれば、

自分の中にすでに備わっている“癒す力”に気づくこと

なのだと思います。

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