責任とは、感情を伴って応答する能力

2026.02.03

■ 責任と責務は、似て非なるもの

「責任」という言葉は、
私たちが思っている以上に、誤解されたまま使われているように感じます。

あるいは偏り過ぎている。

多くの場合、責任とは
「やるべきことをやること」
「役割を果たすこと」
「期待に応えること」
だと理解されています。

けれどそれは、正確には責務です。

責務とは、
あらかじめ決められた基準やルールに従い、
自分をそこに合わせていく能力のこと。

社会を回すうえでは必要だが、
それがそのまま
「健康に生きること」や
「回復すること」と
イコールになるわけではありません。

■ responsibility が本来示しているもの

責任(responsibility)という言葉を
もう一度、丁寧に見てみると、
そこには response-ability という構造があります。

それは、感情を伴い
反応する力
応答できる力。

ここでいう反応とは、
正解を返すことでも、
立派な答えを出すことでもありません。

今この瞬間に、
自分の内側で起きていることに触れ、
それに対して何かを返そうとすること。

たとえ言葉にならなくても、
たとえ混乱していても、
それでも「感じて、返す」。

これこそが、
本来の意味での責任だと感じます。

■ 回復を分ける、ひとつの分岐点

長くセラピーの現場にいると、
ある分岐点の存在に気づかされます。

それは、
努力しているかどうかでも、
症状が軽いか重いかでもありません。

レスポンスがあるか、ないか。

この違いが、
回復の方向を大きく分けていきます。

セラピーは、
今の状態や行動で
その人を評価する場所ではありません。

むしろ、
評価されることで失われてきた
「その人らしさ」を
もう一度、迎えにいく場です。

だから私は、
症状の重さや、長さ、診断名を
決定的なものだとは思っていません。

■ 変化が起きにくい人に見られる傾向

一方で、
長い時間セラピーに通っても
なかなか変化が起きない人もいる。

その人たちは、
怠けているわけでも、
真剣でないわけでもないのです。

むしろ、とても「ちゃんとしている」。

ただ、よく見ていると、
自分から応答することを
どこかで避けています。

質問に対しても、
体の感覚に対しても、
関係性の揺れに対しても、

「正解を探す」
「間違えないようにする」
「感じない位置にとどまる」

そんな態度が、
無意識のうちに続いているのです。

■ でたらめでも応答する人は回復する

対照的に、
回復していく人たちは、
驚くほど不器用です。

話はまとまらないし、
感情もぐちゃぐちゃで、
言っていることが矛盾することもあります。

それでも、
その人たちは必死に応答します。

「わからないけど、こう感じる」
「変かもしれないけど、今はこれしか言えない」

その不完全な応答の中に、
その人の“生”が戻ってくるのです。

■ 素直さ・素朴さとは何か

ここで大切になってくるのが、
素直さや素朴さです。

これは、
いい人になることでも、
従順になることでもありません。

自分の感覚を、
一度は信じてみるという姿勢。

つまり、
自分に対する信頼です。

この信頼は、
他人から与えられるものではなく、
応答するという行為の中で
少しずつ育っていきます。

■ 回復とは、応答できる自分を取り戻すこと

この素朴さが戻ってくると、
人は不思議なほど動き出します。

症状が軽くなる前に、
生き方が変わることも多くあります。

関係性の選び方が変わり、
無理な役割を手放し、
「感じながら生きる」方向へ
自然と向かっていきます。

回復とは、
何かを克服することではありません。

応答できる自分を取り戻すこと。

その力が戻ってきたとき、
症状も、人生も、
それぞれのペースで動き始めるのです。

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