
オーラル的な性格構造と身体
何かが足りない。
一緒にいたいし、もっと話したい。
大切にされたいし、愛されたい。
でも、どれだけ大切にされても、どこか満たされない。
一緒にいるときは幸せなのに、離れた途端に寂しくなる。
「本当に私のことが好き?」
さっき聞いたばかりなのに、また確かめたくなる。
まるで、底のないコップのように。
どれだけ注いでも、なかなかいっぱいにならない。
身体心理療法では、こうした満たされなさや、人とのつながりを求めるあり方にも目を向けます。
欲しいときに、来てほしかった体験
赤ちゃんは、一人では生きていけません。
お腹が空いたら、泣く。
怖かったら、泣く。
寂しくなったら、誰かを探す。
抱っこしてほしい。
安心したい。
こうした欲求は、わがままでも依存でもありません。
生きていくために必要な、ごく自然なものです。
では、その欲求が十分に満たされなかったら、どうなるのでしょうか。
泣いても、誰も来てくれない。
来てくれたと思ったら、またいなくなる。
欲しいときに、欲しいものが届かない。
そんな経験が重なると、子どもは安心して誰かを頼ることが難しくなる場合があります。
スティーブン・ジョンソンは、こうした発達上のテーマを「見捨てられた子ども」という表現で説明しています。
もちろん、実際に親から見捨てられたという意味ではありません。
大切なのは、その子が必要としていたつながりを、どのように経験してきたのかということです。

もっと求めることで、つながりを保つ
必要なものが、いつ届くかわからない。
そんな環境の中で、子どもはどうするのか。
「もっと欲しい」
「行かないでほしい」
「もう少し一緒にいてほしい」
相手を求め続けることで、つながりを保とうとすることがあります。
性格構造論では、こうした反応を「オーラル型」という視点で理解することがあります。
オーラルとは、もともと口に関係する言葉で、乳児期の「必要とすること」「求めること」「受け取ること」と関係する概念です。
ただ、誰もが求め続けるようになるわけではありません。
求めても満たされなかった経験から、
反対に「もう誰にも頼らない」という方向へ適応する人もいます。
この違いについては、次回の回で取り上げたいと思います。
今回は、その中でも、誰かを求めることでつながりを保とうとしてきた人について考えていきます。
大切なのは、こうした関わり方を単なる依存やわがままとして捉えないことです。
必要だったから、求めてきた。
その方法が、幼い頃の自分を支えていた。
大人になって現れる生きづらさ
ところが、かつて必要だった適応の方法が、大人になっても無意識に働き続けることがあります。
人と一緒にいても、なぜか寂しい。
愛されていても、不安になる。
一人になると、心細くなる。
相手からの返事が少し遅いだけで、落ち着かなくなる。
もっと愛してほしい。
もっとわかってほしい。
もっと一緒にいてほしい。
けれども、求めていたものを受け取っても、安心した感覚がなかなか続かない。
そして、また求めてしまう。
ここで、一つ考えてみたいことがあります。
本当に、受け取っているものが足りないのでしょうか。
それとも、受け取った安心を十分に感じたり、自分の中に保ったりすることが難しくなっているのでしょうか。
もちろん、実際に相手から十分に大切にされていない場合もあります。
ですから、すべてを本人の性格の問題として考えることはできません。
大切なのは、その人の中で何が起きているのかを、丁寧に探ることです。
身体に現れる特徴
ここからが、身体心理療法の興味深いところです。
アレクサンダー・ローエンは、オーラル型の性格構造について、身体のエネルギーが十分に充実せず、特に腕や脚などの末端まで力が届きにくい状態として説明しています。
例えば、
-
脚で身体を支える力が弱い
-
胸がしぼんだような姿勢
-
浅い呼吸
-
腕や脚の充実感が乏しい
-
疲れやすく、身体が崩れ落ちるようになる
といった特徴です。
ここでいう「エネルギー」は、身体心理療法における伝統的な表現であり、医学的に測定できる特定のエネルギーを意味するものではありません。
また、こうした姿勢や身体の特徴だけで、その人の性格や幼少期の経験を判断することもできません。
ただ、身体を観察していると、心の体験と身体の感覚が重なって見えることがあります。
誰かに支えてほしい。
でも、自分の脚で立つことには不安がある。
誰かに手を伸ばしたい。
でも、十分に伸ばす力が出てこない。
そんな心の働きと身体の動きが、どのようにつながっているのか。
身体心理療法では、その人自身の体験を通して探求していきます。
人とつながろうとする力
ここまで読むと、オーラル的な性格構造には、寂しさや依存といった特徴ばかりがあるように感じられるかもしれません。
けれども、そこには大切な力も育っていることがあります。
それは、人とつながろうとする力です。
人と話すことが好き。
自分の気持ちを伝えるのが上手。
人の話にも興味を持てる。
誰かと気持ちを分かち合うことを大切にする。
そんなコミュニケーションの力が育っている人もいます。
もちろん、オーラル的な傾向がある人すべてが社交的というわけではありません。
ただ、自分を守るために身につけてきた関わり方が、その人らしい魅力として働いていることもあるのです。
性格構造とは、悪いところを探すためのものではありません。
その人がどのように生き延び、どんな力を育ててきたのか。
そんな視点から眺めてみると、また違った人間の姿が見えてきます。
満たすことよりも、大切なこと
では、こうした人に対して、セラピーではどのように関わっていくのでしょうか。
「人に頼りすぎです」
「もっと自立しましょう」
そうした言葉だけでは、なかなか変化につながらないことがあります。
僕が大切にしたいのは、まず、その人の「欲しい」という気持ちを十分に尊重することです。
頼りたい。
そばにいてほしい。
支えてほしい。
そうした欲求を持つことは、決して悪いことではありません。
安心できる関係の中で、少しずつ自分の欲求を感じてみる。
そして、必要であれば言葉にしてみる。
身体への働きかけも大切です。
床や人からの支えを感じたり、脚で地面を踏みしめたり、誰かに向かって手を伸ばしてみたり。
身体を通して、求めることや受け取ること、自分を支えることを探求していきます。
大切なのは、必ずしも自立を目指すことではありません。
誰かを必要としてもいいし、自分で立ってもいい。
頼ることも、自分で選ぶこともできる。
そんな自由を少しずつ育てていくことが大切なのだと思います。
性格を変えるのではなく、可能性を広げる
私たちは、自分のことを責めてしまうことがあります。
「どうして、こんなに寂しいのだろう」
「どうして、人に依存してしまうのだろう」
「どうして、一人で平気になれないのだろう」
でも、そうした自分にも、これまでそのように生きてきた事情があるのかもしれません。
誰かを求めることは、悪いことではありません。
寂しさを感じることも、弱さではありません。
ただ、これまでの方法以外にも、自分を支える方法があるのかもしれない。
受け取ることを怖がらず、受け取ったものをゆっくりと感じられるようになったら。
これまで満たされないと感じていた自分の中にも、少しずつ違った感覚が生まれてくるかもしれません。
人は、修理される存在ではありません。
今までの自分を否定するのではなく、その自分が何を必要としてきたのかを知っていく。
そして、今の自分に合った新しい生き方を探していく。
どれだけ満たされないと感じていても、そこには、その人なりの歴史や理由があるのだと思います。
今、自分が本当に必要としているものは何なのか。
そんな問いから、自分自身を理解することが始まるのかもしれません。
このシリーズについて
「からだと性格」では、身体心理療法で扱われてきた性格構造を通して、心と身体、そして人との関係について考えていきます。
性格構造は、人を決まった型に分類したり、診断したりするためのものではありません。
ここで紹介する身体的特徴や発達との関連は、主にライヒ、ローエン、ジョンソンらの理論に基づくもので、現代の心理学で一律に実証された分類ではありません。
一つの理論的な視点として、その人が身につけてきた適応や、今の生き方を理解するために紹介しています。
salon Sonomamaでは、
何か新しい自分になることよりも、今ここにいる自分と、もう一度出会っていくことを大切にしています。
話すことだけでなく、身体に起きていること、人との関わりの中で起きていることにも目を向けながら、その方のペースに合わせてセッションを進めていきます。
「もっと自然体で過ごしたい」
「人といても、自分でいられるようになりたい」
「今の人生を、もう少し深く味わいたい」
そんな時は、何かを整えてからではなく、今のあなたのままでお越しください。
個人セッションのほか、グループワーク、オンライン講座なども行っています。
🌿 セッションのご予約・ご相談はこちら >>

