感情は、吐き出せば楽になるわけじゃない「抱えられる身体」と保持力

2026.08.21

ボディーサイコセラピーというと、怒りを出したり、泣いたり、声を出したり、身体を震わせたりするような「感情を解放するセラピー」をイメージする人もいるかもしれません。

もちろん、身体に抑え込んできたものを解放することが必要な場合もあります。

でも僕は、感情は出せばいいわけではないと思っています。

むしろ大切なのは、自分の中に起きた感情や衝動を、
すぐに外へ出したり消したりせず、身体の中で感じながら、
しばらくそこに置いておけることです。

ボディーサイコセラピーでは、こうした働きを
「コンテインメント(containment)」という言葉で表すことがあります。

僕はこれを、分かりやすく「保持力」と捉えています。


感情には身体の波がある

私たちの身体には、何かが起こると反応が高まり、
やがてそのエネルギーが表現され、
また落ち着いていくという波があります。

ライヒから続く身体心理療法では、
この身体のエネルギーの高まりと解放を
「チャージ」と「ディスチャージ」という言葉で捉えてきました。

たとえば怒りが湧いてきたとき、身体にはさまざまな変化が起こります。
身体が熱を帯び、呼吸が強くなり、手や顎に力が入り、
「何か言いたい」「動きたい」という衝動が生まれてくる。

これがチャージです。

そのエネルギーが、必要な言葉や声、動き、涙、震え、
あるいは「NO」と境界を示す行為として表現されていく。

そして、そのあと身体が少しずつ落ち着きを取り戻していく。

これがディスチャージです。

ただし、チャージしたものをすぐにディスチャージすればいいわけではありません。

その間に、とても大切なプロセスがあります。

それがコンテインメントです。


「感じている。でも、すぐには動かない」

腹が立った瞬間に相手へ怒りをぶつけたり、
不安になった途端に安心できる答えを探し続けたり、
寂しさが出てくるとすぐに誰かを求めたりすることがあります。

こうした反応の背景には、身体の中に生まれた感情やエネルギーを、
そのまま少し置いておくことの難しさがあります。

コンテインメントとは、感情を我慢することではありません。

怒っているのに「怒ってはいけない」と身体を固め、
歯を食いしばって何でもないふりをする。

それは保持ではなく、むしろ抑圧に近い状態です。

保持というのは、自分が怒っていることを分かっている状態です。

胸のあたりに熱さがあり、手に力が入り、何か言いたい衝動がある。
その身体の反応を感じながら、それでもすぐには行動に移さず、
しばらくその感覚と一緒にいられる。

つまり保持力とは、

感じないようにする力ではなく、感じたままそこに居られる力。

なのです。


ボアデラが大切にした「解放と保持」

バイオシンセシスを創始したデイヴィッド・ボアデラも、
感情をただ解放することだけを重視していたわけではありません。

バイオシンセシスでは、感情の表現において
「release=解放」と「containment=保持」の両方を大切にします。

ブロック(抑圧)されていたエネルギーが動き出すことは必要です。

しかし、そのエネルギーをすぐ外へ放出するだけではなく、
自分の身体の中で感じ、抱え、その意味や方向性が変化していくのを待つことも重要になります。

たとえば怒りは、ただ人を攻撃する力ではありません。

十分に感じ、保持できるようになると、そのエネルギーが
「NOと言う力」や「自分の境界を守る力」に変わることがあります。

怖さも、ただ逃げるための感情ではなく、
自分にとって何が危険なのかを知らせる感覚になるかもしれません。

悲しみの中に居ることで、
自分が本当は何を大切にしていたのかに気づくこともあります。

大切なのは、感情を出したかどうかだけではありません。

そのエネルギーと、どう一緒に居るのか。

そこにセラピーの大切な部分があります。


身体には「消化する時間」が必要なのかもしれない

ここでもう一つ、僕が面白いと思っている考え方があります。

ゲルダ・ボイスンが創始したバイオダイナミック心理学には、
心理的腸蠕動(psycho-peristalsis)」という独特な概念があります。

ボイスンは、腸を単に食べ物を消化する器官としてだけではなく、
ストレスや人生で起きた出来事、感情的な体験を身体が処理していくことにも関わるものとして捉えました。

セラピーをしていると、
何かが腑に落ちたあとや、ずっと緊張していた身体が緩んだあとに、
突然お腹が大きく鳴り始めることがよくあります。

バイオダイナミクスでは、こうした腸の動きを、身体がそれまで抱えていた緊張や体験を処理していく一つのサインとして捉えてきました。

もちろん、「腸が感情を消化する」という説明は、
現代医学で確立された生理学的な説明ではなく、
バイオダイナミック心理学における身体の見方です。

それでも、この「消化する」という表現はとても分かりやすいと思っています。


感情は、出したら終わりではない

食べ物は、口に入れた瞬間に自分の一部になるわけではありません。

身体の中に取り込み、時間をかけて消化し、必要なものを吸収し、不要なものを外へ出していきます。

感情や人生の体験も、少し似ているのかもしれません。

悲しい出来事があり、たくさん泣いたから終わり。

腹が立ち、思い切り怒ったから終わり。

必ずしも、そうではありません。

その体験を身体が受け止め、感じ、時間をかけて自分の中に取り込んでいくプロセスが必要なことがあります。

身体のプロセスを

チャージ → コンテインメント → 必要なディスチャージ → 消化・統合

という流れで考えると、とても理解しやすいと思っています。

これは、ボディーサイコセラピー全体に共通する公式の4段階という意味ではありません。

いくつかの身体心理療法の考え方を重ねて見たときに、
こういう流れが見えてくる、ということです。


セラピーで「器」をつくるということ

セラピーの最初から強い感情を引き出そうとは考えていません。

怒りや悲しみ、恐怖が出てきても、それを受け止められる身体の余裕がなければ、人は簡単に圧倒されてしまいます。

身体を固める人もいれば、頭で考え続ける人もいます。

誰かにぶつけてしまう人もいれば、逆に何も感じなくなる人もいます。

だから、感情を大きくする前に、
まずそれを受け止められる身体の「器」を育てていく。

少し感じてみる。

身体の重さや呼吸に戻ってみる。

そのまま、しばらく待ってみる。

そういう時間を重ねていくことで、以前ならすぐに圧倒されていた感情も、少しずつ身体の中に置いておけるようになります。


保持力が育つと、選べるようになる

保持力が育っても、不安や怒り、悲しみがなくなるわけではありません。

変わるのは、感情と行動の間です。

以前なら不安になった瞬間に動いていたものが、「自分はいま不安なんだな」と気づきながら、少し待てるようになる。

怒っていることを感じながら、今すぐ伝えるのか、少し時間を置いてから伝えるのかを選べるようになる。

寂しさが出てきても、それをすぐ誰かに埋めてもらおうとせず、しばらく自分の中に置いてみることができる。

つまり、感情と行動の間に少し余白が生まれます。

その余白の中に「選択」が生まれてきます。

この選べる余白も保持力の一つだと思っています。


坐禅の勧め

最近は、この保持力を育てる一つの方法として、坐禅を勧めることもあります。

これは、無になるためでも、何も感じなくなるためでもありません。

静かに座っていると、落ち着かなさや身体を動かしたくなる衝動、
次々に浮かんでくる考え、胸のざわつきなどが見えてきます。

それをすぐに消そうとしたり、別のことをして紛らわせたりせず、
しばらくその身体と一緒に座ってみる。

僕は坐禅を、

身体に起きていることを、すぐに処理しようとせず保持してみる練習

としても捉えています。


強さとは「感じないこと」ではない

僕たちは、傷つかない人や動揺しない人、
不安にならない人を「強い」と思うことがあります。

でも僕は、本当の強さは少し違うと思っています。

怖さも感じる。

悲しさもある。

怒ることもあるし、寂しくなることもある。

それでも、それらをすぐに消そうとせず、
自分の身体の中に置いておくことができる。

感じることができて、それでも自分で居られる。

それが保持力です。

感情を解放する力だけではなく、抱えていられる力。

そして、身体がそれを消化し、自分の一部として統合していくのを待てる力。

ボディーサイコセラピーで育てていくのは、そんな身体でもあるのだと思います

salonsonomamaでは、ゲシュタルト療法、心理カウンセリング、ボディサイコセラピー、ムーブメントインテリジェンス、ポリヴェーガル理論などをベースに、
その方のペースに合わせながら、身体・心・神経へ丁寧にアプローチしていきます。

「もっと自然体で過ごしたい」
「今の人生を、もっと豊かに味わいたい」

そんな方は、どうぞ“そのまま”でお越しください

少人数でのリトリートグループワーク、毎週のオンライン講座、なども行っていますのでお気軽にお問合せください。

🌿 セッションのご予約・ご相談はこちら>>

PAGE
TOP